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仮想通貨ウォレットの実態調査と、資金決済法改正案、そしてMonappy事件について

概要

資金決済法の改正案が閣議決定され、仮想通貨カストディが仮想通貨交換業規制の対象に含まれる方針です。

一方、規制当局を含め、カストディの実態や応用の可能性に対する理解は十分進んでいない状況にあります。

こうしたなかで、実態に伴わない規制が適用されてイノベーションが阻害されてしまうことを懸念しています。

カストディは仮想通貨・ブロックチェーンを活用したサービス提供にとって重要な機能であり得ます。カストディ規制にあたっては無用にイノベーションを阻害することが無いように、実態や応用の可能性をよく把握した上で、リスクに合わせた規制が重要だと考えます。

そこで、私は昨年末から今年にかけて国内のウォレット提供者を対象に実態調査を行いました。

イノベーションを試みる事業者にとってなぜカストディ機能の提供が必要か、ということについても、調査の中でトークンエコノミー事業者の事情を例に示しています。

なお、金融庁や研究者の方々も含め、業界外の方々が目にする事例は、先の投機ブームの中で目立った投機マネー目的のプロジェクトや、詐欺的なプロジェクトに偏っていると思われます。

流出事故も目立ちます。

そうした中で、イノベーションの可能性・重要性というのは、なかなか伝わりにくいものがあります。

起業家やエンジニアの中に、様々な課題と真摯に向き合いながら、革新的なユースケースを生み出そうと堅実に取り組まれている方々がいることは、業界としてしっかりと伝えていかなくてはなりません。

私自身がエンジニアとしてブロックチェーン業界に身をおいている中では、投機マネーが去ったあとの業界の中でも、ブロックチェーンだからこそ実現できる本当に有益なものを開発すべく、邁進されているエンジニアや起業家の方々が確かに存在します。

多くの詐欺的なプロジェクトや、投機マネーを目当てにしたプロジェクトが蔓延した後の業界で、あとからゆっくりと、着実にイノベーションを進めようとしている方々の試みを、規制が無用に阻害することとなってはならないと思います。

実施した調査は、まだ網羅性に欠けるものではありますが、実態の把握に一定の貢献をするとともに、今後のさらなる実態把握やイノベーションに対する配意のきっかけとなることを望みます。

仮想通貨カストディを規制対象とする法律案が閣議決定

2019/03/15に、資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案が閣議決定されました。

改正案では交換業の定義が広げられており、仮想通貨の交換だけでなく、仮想通貨を預かるカストディ業務まで交換業に含まれ、規制の対象となります。

7 この法律において「暗号資産交換業」とは、次に掲げる行為のいずれかを業として行うことをいい、「暗号資産の交換等」とは、第一号及び第二号に掲げる行為をいい、「暗号資産の管理」とは、第四号に掲げる行為をいう。
  一 暗号資産の売買又は他の暗号資産との交換
  二 前号に掲げる行為の媒介、取次ぎ又は代理
  三 その行う前二号に掲げる行為に関して、利用者の金銭の管理をすること。
  四 他人のために暗号資産の管理をすること(当該管理を業として行うことにつき他の法律に特別の規定のある場合を除く。)。

他人のために暗号資産の管理をすること(当該管理を業として行うことにつき他の法律に特別の規定のある場合を除く。)。 が追加され、カストディを交換業の対象としています。

他の法律に特別の規定のある場合を除く 、というのは、信託業として仮想通貨を管理する場合など、交換業とは別の業として管理する場合が想定されているものと考えられます。

カストディ規制が重要な理由

今回の法改正ではカストディ規制の他に、「仮想通貨」の呼称が「暗号資産」になったり、ICO(STO)や証拠金取引デリバティブ等が、金融証券取引法で扱われるようになるなどの変更もあります。

既存の交換業者やトレーダーにはそちらが注目されがちですが、私はカストディ規制に着目しています。

利用者に対して仮想通貨やブロックチェーンを活用したサービスを提供する場合、利用者の仮想通貨を管理する場合があり、カストディ規制の影響を受けます。

投機目的ではなく、実際に仮想通貨やブロックチェーンユースケースを生み出そう、これまで実現できなかったものを実現しよう、という場合に重要なのが、カストディ規制です。

法改正の背景

今回の法改正は突然行われることになったものではありません。 2018年に金融庁が設置していた仮想通貨交換業等に関する研究会報告書が 大まかな方針を示したものになっています。

研究会の報告書は、仮想通貨カストディ業者に対しても、仮想通貨交換業者に求められる対応のうちの一部を求めることが適当であるとしていました。

仮想通貨カストディ業務のリスクや国際協調の必要性を踏まえれば、仮想通貨カストディ業務を行う業者について、仮想通貨交換業者に求められる対応のうち、顧客の仮想通貨の管理について求められる以下のような対応と同様の対応を求めることが適当と考えられる。

なお 国際協調の必要性を踏まえれば というのは、マネー・ロンダリング対策における国際協調を推進するため設立された政府間機関であるFATFが、2018年10月に仮想通貨関連サービス提供者をアンチマネーロンダリング、テロ資金供与対策の対象としたことを指すと考えられます。

niwatako.hatenablog.jp

規制にあたっては実態の把握やイノベーションへの配意が求められる

報告書にはまた、

仮想通貨カストディ業務には様々な形態のものが想定されるところ、異なるリスクレベルに応じて適切な規制を課していくためにも、規制対象となる業務の範囲を明確にしていくことが重要との意見があった。
仮想通貨に関する取引に適用されるルールが明確化される中で、歪みのない形で、今後のイノベーションの可能性が追求されることも期待される。
引き続き、取引の実態を適切に把握していくととともに、イノベーションに配意しつつ、利用者保護を確保していく観点から、リスクの高低等に応じて規制の柔構造化を図ることを含め、必要に応じて更なる検討・対応を行っていくことが重要である。

といった記載があります。

マネーロンダリングやテロ資金供与のリスクから規制の導入が求められる一方、イノベーションが期待される分野でもあり、様々な形態ごとに異なるリスクレベルに応じて 規制の柔構造化を図ることも含めて適切な規制を課すことが重要とされています。

実態やイノベーションの可能性への理解は進んでいない

報告書には仮想通貨カストディ事業者について、

現状、国内で広く仮想通貨カストディ業務を展開する国内の専業業者は把握されていない

と、記載されています。

しかし実際には、顧客の仮想通貨を管理している事業者は国内に複数存在しています。

実態の把握やイノベーションへの配意、リスクレベルに応じた適切な規制の必要性は報告書に記されている一方で、実際には事業の実態が把握されていない状況にあることが読み取れます。

実態やイノベーションの可能性が十分に配慮されないまま規制を作れば、FATFが求めるリスクベースアプローチ(リスクに着目して、そのリスクに応じた対策をとる)にそぐわない規制が出来てしまうのではないかと危惧しています。

特に、実態の把握がきちんと行われていない中で、

仮想通貨交換業者に求められる対応のうち〜同様の対応を求めることが適当

という報告書に基づき、リスク評価を適切に行われないまま、交換業に対して行っている規制をそのままカストディ事業に適用し、実態に伴わない規制が適用されてイノベーションが阻害されてしまうことを懸念しています。

実態や応用の可能性を把握した上で、イノベーションを阻害しないリスクベースの規制を

法案が定めるのは、大まかな規制の対象や方針のようなものです。

法案が国会に提出され、成立したあとは、施行までに、さらに具体的な規制の内容が府令で定められていきます。

今後、具体的な規制の内容を定めていくにあたっては、現状のウォレットサービスの実態とリスクをしっかりと把握したうえで、イノベーションにも配意し、リスクベースの規制がしっかりと練られていくことが重要だと考えています。

ウォレット事業者の実態調査を実施しました

私は2018年末頃から今年春にかけて、国内の仮想通貨ウォレット提供者へのヒアリングを進めてまいりました。

その結果を3月14日に、CGTF(Cryptoassets Governance Task Force)ディスカッション・ペーパーとして公開いたしました。

この調査は、実態把握の足がかりとなるように行ったものです。

国内の全事業者を対象には出来ておりませんし、日々変化している業界で、盛り込めていない最先端の事例もあるかと思います。

引き続き実態と、応用や革新の可能性の把握を、進めることが必要だと考えています。

カストディ事業者の事故も起きている中で、業界が健全に発展する規制を

カストディの規制に対して慎重な意見を述べてまいりました。しかし、規制対象とならない状態が良いわけでは決してないと考えています。

事業者が仮想通貨を預かるサービスで仮想通貨の流出事件も発生しています。

2019/03/14に、Monappyを攻撃してモナコインを不正に詐取したとして、18歳の少年が書類送検されました。

digital.asahi.com

この事件に関して、朝日新聞よりインタビューがあり、記事に私のコメントを掲載いただいています。

digital.asahi.com

 フリマアプリ「メルカリ」で仮想通貨関連の技術を研究する栗田青陽さんは、今回の事件について「取引システムの欠陥を突いたもので、高度な技術がなくてもできたと思われる」と話す。

 栗田さんらの有識者研究会がウォレットサービスを調べたところ、管理体制やセキュリティー対策など基準となるルールが存在せず、対応がまちまちだった。顧客資産の保護が不十分な事業者もみられ、新たな被害が発生する恐れがあると指摘する。「さらなる発展や安全のためにも、業界の実態をきちんと把握し、事業者の指針やルール作りを進めるべきだ」

Monappyは事件当時、総額で3,000万円程度を預かっていました。

交換所以外で利用者から仮想通貨を預かるサービスとしては、おそらく当時国内最大級の規模だったと考えられます。

実態を把握せず、リスクに見合わない規制を行うべきではありませんが、しっかりと実態を把握した上で慎重に適用範囲や内容を検討して規制を適用し、事故を防ぎ、業界が健全に発展できる環境を整える必要があると考えます。

業界の実態やイノベーションの可能性を正しく把握・理解し、リスクを見極めながら精巧なリスクベースの規制・ルール作りを進めていくことが、この業界が素晴らしいイノベーションをもたらし、我が国の国際競争力となる発展の礎になると考えます。

おわりに

ご賛同いただける方には、ぜひディスカッションの機会をいただいたり、情報のご提供をいただけますと幸いです。

なお意見・見解は個人のものです。